« | Home | »

2007.06.10

藤枝から掛川(1)・・・(旧東海道)

本日の万歩計54,417(35.91Km)
今日のコースは藤枝から掛川であるが、天気予想では午前は雨で午後から曇りとなっていた。
行くか中止すべきか、前の夜から迷っていたが、午前の雨も小降りで何とかお昼まで過ごせば、午後からは大丈夫だろうと考え、朝自宅から出るときに雨は降っていないのを励みに出かけることにした。
電車に乗っても、雨は降っておらず、しめしめと思っていたら、由比を過ぎた頃から本格的な雨降り状態で、藤枝についても変わらなかった。
どうしようと、作戦を立てる積りで駅の喫茶店に入り、コーヒーを飲んでいたら、小降りになり、これなら何とか歩けそうで、傘をさしても何とか島田までは行ってみようと考えた。
店を出ると、傘無しでも歩ける程度で、喜び勇んで歩き出したが、旧東海道が県道と合流する地点にある「六地蔵」に到達したときには、少し雨も激しくなり、手洗い場のわずかの屋根の下でリュックから傘を取り出した。
この「六地蔵」は相当古いようで、新しく6つの地蔵を彫った石の後ろに古い、半分崩れた石も見える。
さらに進んで行くと、中世の東海道との分岐点の石碑に達する。昔は江戸時代の東海道の付近は湿地帯で、開拓が進んで、初めて道を作ることができたとのこと。
shimada_001.jpgshimada_002.jpg

shimada_003.jpg 先週も気になっていたのだが、藤枝界隈では生卵の自動販売機が目に付く。あまり、他では見かけないように思うのだが。そして、旧東海道を歩いていることを実感することが出来る、松並木が綺麗だ。
shimada_004.jpg

shimada_005.jpg
雨は幸いにも止んでしまった。そして、栃山橋東の信号機の手前に「昭和天皇御巡察之処」という石碑があった。明治天皇の碑は、ずいぶんと見たが、昭和天皇碑は始めてである。「昭和二十一年六月十八日」とあったから、戦後の巡幸のときであろう。
市街地に入ってきて、ほどなく「島田宿の一里塚跡」に達する。そして、5丁目の本陣跡である。この辺りは本陣、脇本陣が集中していたようで、その跡地がちょっとした憩いの場として整備されている。
shimada_006.jpgshimada_007.jpgshimada_008.jpg島田信用金庫本店前には芭蕉の句碑が建っている。なかなか読むのは難しいが、小さく詠み易い字で書いてある。読みは以下の通りである。
するがの国に入て はせを
「するがぢや はなたち花も ちゃのにほひ」

なるほど、芭蕉は「はせを」と記したのだ。
島田駅に向かう道路との交差点を渡ると、大井川神社がある。この神社は大井川を鎮め、子孫繁栄を祈願して創建された神社だが、近年では「帯祭り」で有名である。帯祭りは他町村から嫁いできた花嫁をつれて、太井神社に参拝した後、宿内の人に披露した、しきたりが変化して、帯だけを神社に飾って披露したのが始まりという。
近年では帯を飾るのも、ままならぬようになってきているので、祭りの形態もまた変化するのかも知れない。
shimada_009.jpgshimada_010.jpgshimada_011.jpgそれにしても、大井川神社は境内の緑がとても美しい。それと、石の秋葉灯篭は良く見かけるが、木造の「秋葉灯篭」は珍しいし、とても優美だ。
やっと、国指定の「島田宿大井川川越遺跡町並」に到着。ここから数100メータの間は、川越人足の宿や立合宿、川会所、札場などの建物がそのまま整備され残されていて、まるで江戸時代に紛れ混んだような気分になる。
しかし、ところどころに一般の民家も混じっているのが、なんだか不思議な感じだ。
shimada_012.jpgshimada_013.jpg
shimada_014.jpgshimada_015.jpgshimada_016.jpg川会所で内部も見学できるところがあり、記録を取る役人の様子や各種蓮台、などを見ることができた。
川を渡る最も安い方法は、肩車で渡してもらう方法で、平蓮台、半高欄蓮台、大高欄蓮台と料金がかさむ。
特に、大名が籠のまま乗る大高欄蓮台は、人足も大勢必要で大変な金額になったとのこと。

shimada_017.jpgshimada_018.jpgshimada_019.jpgshimada_020.jpg
川会所の庭には「馬方は しらじ時雨の 大井川」の芭蕉の句碑がある。
また、道路を隔てた広場には、「朝顔の松公園」がある。「生写朝顔話」という浄瑠璃で有名になった物語で、主命を帯びて急ぐ阿曽次郎を追いかける安芸の国娘、深雪。大井川の川止めで半狂乱になり激流に飛び込もうとしたところを、宿屋の主人戎屋徳右衛門に助けられ、旅の果てで盲目となっていた目が見えるようになり、初めて見えた立派な松。
その後、この松は枯れてしまい、現在は2代目である。
巖谷小波の句碑には 「爪音は 松に聞けとや 春の風」とある。
shimada_021.jpgshimada_022.jpgshimada_023.jpg島田市博物館も訪れたが、女性の髪形の「しまだ」の展示や、大井川の川越にまつわる展示が多く、興味深かった。
なお、写真には写っていないが、古い立派な民家を修復した「島田博物館分館」も見学したが、こちらでは「海野光弘」の花の旅と称した展示を行っていて、日本の原風景のような心温まる版画を多く見ることができ、建屋自体も優れた古き日本家屋で見ごたえがあった。
大井川橋の島田側口の傍には「永仲景述」と書かれた大きな碑があったが、どういう意味だろう。
さて、いよいよ大井川を渡ることになったが、歩いても歩いてもなかなか向こう岸が近づいて来ず、やはり大きい川であることを実感した。
金谷以降は新しいエントリーで・・・・・
shimada_024.jpgshimada_025.jpg


コメント

コメントはありません

コメントフィードを購読する

コメント投稿





コメント本文に次の(X)HTMLタグを使えます:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

« | Home | »