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2008.06.07

薮原から木曽福島・・・(中山道)

本日の万歩計31,683(21.2Km)
5月は雨が多く、また仲間の集まりなどもあり、一月ぶりの歩行である。
木曽は各駅停車の列車の本数が極端に少なく、塩尻に9:30分に着いても10:50まで木曽方面の列車が無いはずであったが、ラッキーなことに9:46分に薮原行きの臨時列車があった。奈良井の漆器祭りのお蔭だ。途中、特急の待ち合わせがあったりしたが、10:30に薮原に着き歩き始めた。
中山道は駅の出口と逆方向なので、前回線路を潜った通路を逆に通って、歩き始めると木祖村民センターがあり、一里塚跡の碑とD51の蒸気機関車が飾られていた。しばらくは国道の歩道を歩かざるを得ないが、狭い谷あいで緑が美しいのが救いだ。
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さらに進むと、谷は益々狭まり国道は「吉田洞門」へ。車の通りは激しいが、歩道は木曽川に面して歩き易い。
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10分ほど進むと、国道は「山吹トンネル」に入るが、トンネルを迂回するように走っている旧国道を進む。江戸時代に大勢の通行で賑わった旧中山道も、国道だ出来て忘れられ消え去ったところも多いが、その国道もより高速通行を図るためトンネルを穿ち、部分的に放棄された場所もある。そして、このような場所では自然が元の姿を回復すべく直ちに活動を開始しているのを見ることができる。そのせめぎあいを木曽川が横目で眺めながら滔々と流れて行く。
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少し進むと、ようやく国道から離れ「宮ノ越宿」の方に進む。車の騒音から逃れられてほっとする。電車の線路を上に見て進むと、直ぐに「巴淵」に着く。水が巴状に渦巻いていたから「巴淵」と呼ぶようなったとか、「巴御前」がよく水浴びをしていたからとも言われているそうだが、「巴御前」はこの淵に住む龍神の化身だというものまであるそうだ。大して大きな淵でもなく、少し木曽川の流れが澱んで青く見えるだけである。淵の上の山は「山吹山」であるが、「山吹」も「巴」も木曽義仲の愛妾なので、二人の名前を付けたかったからと言うのが、本当のところではなかろうか。
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「巴渕」を過ぎて「徳音寺」と言う集落に入って行く。お寺の「徳音寺」と同じ名前の集落だが、お寺までの1Kmほどの道は、国道を歩くのに比べると極楽だ。のどかで本当によい道で、もちろん車は通らない。
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ほどなく、お寺の「徳音寺」に着く。木曽義仲、母小枝御前、愛妾巴御前、樋口兼光、今井兼平の墓があり、また義仲の霊廟もある。木曽義仲の墓は東海道歩きで大津で義仲寺(ぎちゅうじ)でもお目にかかった。巴御前の馬上の像も建っていたが、顔が可愛すぎるように思えた。
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「徳音寺」を出ると、ふるさと創生事業の一環として平成4年に建てられた義仲館。入館せずに、建物正面の義仲と巴御前の像を見て、「宮の越宿」に入って行く。本陣跡には明治16年の大火以降に建てられた村上家の家が残っているが、今では住む人も無く、荒廃している。
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そして、江戸時代に掘られた井戸で名水とされた「御膳水」。明治天皇が行幸の際に飲まれたので「御膳水」と名付けられたものであろう。「宮の越宿は」今は静かな集落と化してしまい、疎らな家の並びの中を街道は進んで行く。
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やがて、街道は間の宿の「原野」に入って行く。木曽を歩いて感じたのだが、お墓が多く、かつ立派だということである。お墓の入り口には、多くの石仏を配したものも多い。そして、山の中腹には「明星岩」と呼ばれる三角形の岩が飛び出して見える。相当に大きな岩であるようだ。
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左を向くと「木曽駒ケ岳」が望まれ、なんと「中山道中間点」の立て札があった。江戸、京都 双方に67里38町(268Km)とのこと。もう、半分歩いたかと思うし、まだ半分かとも思う。
中間点を過ぎると直ぐに、小沢の集落でかすかに踏み跡が感じられるような道を進むことになる。直ぐに川沿いに出て草原を進み、農家の方が田圃に行くのに通る、メッシュで川面が見える鉄の橋を渡って進む。大きく立派な蕗が茂った家があり、街道らしい家並みが続いている。栗本の集落である。
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yabuhara_26.jpgyabuhara_27.jpgyabuhara_28.jpg進んで行くと、中原兼遠が木曽義仲の学問成就を願って京の北の天満宮を勧請して作った「手習い天神」がある。急な階段を上ると、小さな境内だが、相撲の土俵もあった。江戸時代には、参勤交代の大名もお参りしたという、小さいながらも古社としての風格がある。
yabuhara_29.jpg「手習い天神」を過ぎると、直ぐに国道に合流して長い道のりを進むが、やっと、大きな関所の門が見えてきて「木曽福島関跡」に到着する。復元された関所を見学するが、陳列されていた、ジオラマが当時の様子を良く表しているのでなかろうか。
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関所を過ぎると、島崎藤村の姉の園が嫁いだ「高瀬家」がある。代々木曽福島の関所番を勤め、藤原氏の流れをくむという名門である。江戸時代には公方さんにも献上したという「奇応丸(きおうがん)」も有名であったとか。展示館を作って色々なものを展示していたが、やはり島崎藤村に関係するものが多い気がした。そして、そこから下の道路に降りる、九十九折の坂道は「初恋の小径」と粋な名前が付いていて、初恋を歌った句が頻々と表示されている。
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「初恋の小径」を下りて、本町の商店街を進み「上ノ段」の方に曲がると「高札場」があり、古い町並みが見られる。距離は短くて10軒ほども続かないほどだが、格式を感じる家が並んでいる。
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木曽川は、音を立てて滔々と流れている。橋を渡って「山村代官」の屋敷跡に進む。
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ちょうど「ほうば祭り」が行われており、代官の屋敷跡の前の広場は、屋台なども出て、大賑わいだ。祭りの期間は代官屋敷見学は無料開放で見学できるとのこと。早速、入って、綺麗な庭園、使用されていた食器、鎖帷子などが展示されているのを見学した。
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yabuhara_43.jpg代官屋敷を見学して帰ろうとしたら、地元の人に中山道歩きですかと呼び止められ、そうなら木曽福島駅前の観光案内所で手作りの素晴らしい地図が貰えると教えてくれた。早速、駅に行き「素晴らしい地図」を貰って、今日の宿泊旅館の「さらしなや」に向かった。


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