2010.07.31
Lumix DMC-G1の吊環が取れたからではないのですが、NIKONのD3000を買いました。
DMC-G1はマイクロフォーサーズで、持ち歩くには小さくて良いのですが、なにしろ交換レンズの種類が少なく、しかも純正のみでサードパーティーの廉価なものがないのが主な理由です。画像の切れも、いまいちと感じていました。
NIKONの入門機は今ではD5000ですが、D3000は最後のCCDの一眼レフカメラだろうということと、かつレンズキットが¥37,000-というお買い得値段で買えたことも購入動機です。CCDはCMOSに比べ、消費電力が大きいので、Live Viewも動画撮影もできないのですが、やはりCMOSとは違った色調が楽しめるのも魅かれた理由です。さて、これからどのような写真が撮れるか、楽しみです。
2010.07.27
奥州街道歩きで、郡山から二本松に向かっているときです。もうすぐ二本松というところでデジカメのLumix DMC-G1のストラップ取り付けの吊環が外れてしまいました。
幸い、背負っていたリュックにストラップが引っかかり地面へのカメラの激突は避けられましたが、カメラにとっては致命的と思われる事態でした。カメラを振るとカラカラと音を立てます。撮影すると、画像の上半分が真っ白になりましたが、2枚撮って3枚目から回復しました。予備のコンパクトデジカメをリュックに入れていましたが、今回の歩行の終了まで何とか撮影出来ることを願いながら歩いて行きました。
あとで、外れた吊環を見ると、写真のように小さなネジでカメラ内部から止めていることが分かりました。ストラップが外れるなどもっての外なので、カシメなどのもっと確実な方法で止めていると思っていたのですが、やはりパナソニックは電気メーカーでカメラメーカーでないということでしょうか。これでは、プロはパナソニックのカメラを使うことはないでしょう。
帰宅した翌日、カメラ屋に持ち込んで修理を依頼。3週間近く待たされましたが、無償で修理されて返ってきました。保証期間が過ぎていたのに、無償というのは、やはり後ろめたいところがあったのでしょうか。ネットで調べると、確かにリコールを指摘する声もありました。
修理では、ネジに二度と外せないほどの強力なロックタイトを付けたのでしょうか。それとも、また外れる可能性を心配しながら使う必要があるのでしょうか。
2010.04.13
昨日は、ダウンのジャンバーを着ていても寒かったのですが、今日は薄い上着で歩いていても汗ばむくらいです。お昼から鎌倉に出かけました。
今日は、源氏山公園の方に行ってみようと思い、鎌倉駅から歩いて行きました。源氏山に上って行くと、最初に行き着くのは「銭洗弁天」です。小さなトンネルを潜ると弁財天があります
。
皆さんお参りして、その後ざるにお金を入れて湧き出している清水で洗っています。洗ったお金の数倍が入ってくるそうです。
「銭洗弁天」を過ぎて、また急坂を上ってゆきます。振り返って見ても、かなりの勾配であるのが分かります。上り詰めると、「頼朝」の銅像が鎮座しています。
その後、「日野俊基」の墓所を見に行きました。「日野俊基」と言えば東海道を歩いたとき、大井川を渡って「金谷」を過ぎて「菊川宿」で、首を切られることを予想して、
「いにしえも かかるためしを菊川の 同じ流れに身をやしづめん」
の歌を詠んだのを知り、一度は墓所を訪ねたいと思っていました。
近年になって明治天皇の思し召しで、忠臣の「日野俊基」を祀る「葛原岡神社」が、建てられました。6月3日の命日には例大祭、墓前祭が行われると書かれています。
さて、源氏山からの下りは「化粧坂(けわいざか)」を下りて見る事にしました。通るひとは、あまりいないようです。距離は短いがキツイ坂です。滑らないように、転ばないように気をつけて下りて行きます。
坂を下りて、進んで行くと「海蔵寺の岩船地蔵」の八角形の端正なお堂があります。
次に訪れたのは、北条氏の帰依が篤かった「浄光明寺」です。端正で美しいお堂で、庭の手入れも行き届いています。
門前では、若いお母さんと小さな子供が遊んでいました。少し先には、鎌倉に10ケ所ある泉の一つの「泉の井」がありました。
鎌倉に来ると、今年の3月10日に樹齢800?1000年と言われる、大銀杏が倒れたのを見ないわけにはまいりません。 関東大震災にも耐えたが、根元付近は空洞になっていたとのことです。
倒れた太い幹は、4mほどの長さに切断され、少し離して植えつけられています。
ところが、残った株からは、もう新芽が出てきています。八幡宮関係者は、大いに喜んだとのことです。
以下は、関内に帰ってきて「横浜スタディアム」に植えられていた、チューリップの写真です。