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2017.06.16

濃溝の滝・・・(旅行)

昨日、インスタグラムでジブリの世界だと有名になった「濃溝の滝」を見に行ってきました。

最初に、久里浜からのフェリーが到着する金屋で昼食です。海には何隻かの舟が浮かんでおり、恋人の整地と名付けられた鐘がありました。

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次に、「道の駅とみうら 枇杷倶楽部」に立ち寄りました。名前の通り枇杷を使ったお土産物で知られているところで、建物の裏には花壇があり、見下ろすと整備された水辺もありました。
道の駅を離れようとして、ふと見ると南房総らしく魚の干物の天日干しを見かけました。

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さて、本日の主目的の濃溝の滝です。しかし、この滝は、自然のものでは無く、約350年前の江戸時代に久留里藩の藩主・土屋氏によって曲がった川を真っ直ぐに短縮するために人力で掘削したトンネルです。曲がりくねった川の部分は埋め立てて農地を拡大する工事です。
清水渓流公園を周遊する遊歩道の東側は、川底のように低い位置にあり、木道が設置されていて、夏はホタルが飛ぶとのこと。

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帰りに「海ほたる」に立ち寄りましたが、下の写真の左側は展望デッキからの川崎方面、右側は木更津方面の景観です。川崎側はトンネルのため、何も見えないのですが、「風の塔」と名づけられた換気塔がポツリと1つだけ見ることが出来ます。

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2017.04.19

三春の滝桜・・・(旅行)

花見山公園を後にして、三春の滝桜に到着したのは、午後3時ころでした。
日本三大桜とは、山梨県の山高神代桜(樹齢2000年)、岐阜県の根尾谷薄墨桜(樹齢1500年)、福島県の三春の滝桜(樹齢1000年)です。
三春の滝桜は、樹齢1000年以上でエドヒガン系のベニシダレザクラで、威厳のある見ごたえのある桜でした。ここに着いたのは、午後3時ころでしたが、花見山と違って寒い寒いと熱いコーヒーが恋しいところでした。また、三春の地名の由来は、ここでは梅と桜と桃の花が一緒に咲くところから、3つの春が同時に来るとして名付けられたとのこと。

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福島の花見山公園・・・(旅行)

4月18日、福島県の花見山公園と、三春の滝桜を見に行ってきました。
朝6時20分に家を出たときは、風が強く雨も激しく降っていました。しかし、横浜駅で7時になると風は相変わらず強いが雨はほぼ止んでいました。福島県も午後には晴れてくる天気予報を信じて出発です。

お昼過ぎに、花見山公園に着きました。雨はすっかり止んで、日が照りつけていました。
花見山は、日本の桃源郷と言われるらしいですが、山全体に沢山の花木が植えられていて、みごとです。この山全体が阿部一夫氏個人の私有地とは驚きです。しかも無料で開放です。訪れる観光客も大変なもので、観光バスが何十台と駐車していました。とても暑くて、上着など来ていられません。三春の滝桜は、次のブログに続きます。

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2016.12.04

熊野本宮大社・・・(旅行)

那智の滝を後にして、熊野本宮大社までは、1時間半ほどかかりました。なにしろ、新宮から新宮川に添って山深くに入って行く必要があります。

新宮川に添って上って行くと、右方向に神が舞い降りたという旧社地の大斎原(おおゆのはら)に建つ大きな鳥居(高さ約34m、幅約42m)が見えてきます。近年はパワースポットとして多くの人が訪れているとのこと。ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座したのだそうです。
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ようやく、熊野本宮大社の駐車場に着き、急な階段を上って参拝します。
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全国にある熊野神社の元締めととしての神社としては、思ったより規模が小さい気がしますが、これは。元の大斎原(おおゆのはら)から遷座せざるを得なくなって、規模も縮小せざるを得なかったからであると思われます。
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最後の写真は、拝殿です。両側に、八咫烏が描かれた旗が建っています。八咫烏は、熊野三山(那智大社、熊野速玉大社、熊野本宮大社)でミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされて信仰されていて、熊野のシンボルともされています。
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もう時刻は午後4時を過ぎました。雨も降ってきて暗くなってきました。帰りは国道311号線で一気に上富田に向かいます。日も暮れて、夕食を取って帰りましたが、とても有意義な旅となりました。

橋杭岩と那智の滝・・・(旅行)

樫野崎から引き返し、大島と潮岬を結ぶ橋を戻って、国道42号線を2Kmほど東に進むと、橋杭岩がある。橋杭岩は、1500万年前の火成活動により、泥岩層の間に流紋岩が流入し、その後の侵食により、柔らかい泥岩部が速く侵食され、硬い石英斑岩が杭状に残されたものです。海岸から大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850mもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができます。
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ちょうどお昼時です。国道脇の食堂でマグロ丼とうどんを食べて昼食としました。なかなか美味しかったです。
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橋杭岩から那智の滝までは、一時間余りかかりました。駐車場に車を止め、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)に進みます。自然石で作られた石段で、とてもあるき難く、特に下りの方が足を滑らすのではと緊張を強いられます。
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階段を降りきって那智の滝を眺めました。落差133mは日本一です。二番目は華厳の滝97mです。茨城県の袋田の滝と合わせ日本の三大名瀑と言われています。
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青岸渡寺の三重塔の向こうに那智の滝が見えるのも良いものです。
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滝を望みながら進むと大黒天への入り口が見え、青岸渡寺の鐘楼が建っていました。
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青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としないが伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされる。後に推古天皇の勅願寺となり、6世紀末 – 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。
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青岸渡寺と並んで熊野那智大社があるが、やはり創建の時期は判然としないが、青岸渡寺と同じく仁徳天皇の頃に鎮座したとも伝えられる。祭神は熊野夫須美大神である。
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