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2012.11.14

亀ヶ谷坂切通しと巨福呂坂切通し・・・(散策)

今日は、亀ヶ谷坂(かめがやつさか)切通しと巨福呂坂(こぶくろざか)切通しを歩きます。
これで、鎌倉七口と言われる切通しを全て歩き尽くすことになります。加えて鎌倉七口ではないですが釈迦堂口切通しも印象深い切通しでした。
何時もは、鎌倉駅で鶴岡八幡宮側の東口に出るのですが、今日は西口を出て「寿福寺」に向かいました。寿福寺は、源頼朝が没した翌年の正治2年(1200)に妻の北条政子が葉上房栄西(明庵栄西)を開山に招いて創建したお寺で鎌倉五山第3位の寺院です。創建当時は七堂伽藍を擁し、14の塔頭を有する大寺院でしたが、宝治3年(1247)に火災にあい、正嘉2年(12568)の火災で全て消失しました。今は、山門を潜って長い参道を進むと中門、仏殿、庫裏、鐘楼がありますが、中門から中には入れませんでした。

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仏殿の裏手に回ると、やぐら(鎌倉地方特有の横穴式墓所)があり、源実朝(左の写真)と北条政子の墓と伝わる五輪塔があります。

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寿福寺を後にして、横須賀線のガードを潜って「亀ヶ谷坂切通し」に向かう丁字路に向かうと、岩船地蔵があります。堂内には源頼朝の息女・大姫の念持仏と伝えられる白顔の地蔵が安置されています。日本三大岩船地蔵の一つです。大姫は、人質で鎌倉へ来ていた木曽義仲の嫡男・義高の妻として馴染んでいましたが、木曾義仲が近江粟津で源頼朝の追討軍に殺害された後、頼朝は人質であった義高も殺害しました。義高が殺害された後、大姫はノイローゼになり頼朝、政子の祈願も空しく、建久8年(1197)、20歳の若さで亡くなりました。哀れな死をいたむ北条、三浦、梶原など多くの人々が、この谷に野辺の送りをしたと伝えられています。

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岩船地蔵の先に進むと左手に薬王寺があります。この地には、元真言宗に属していた梅嶺山夜光寺がありましたが、日像聖人が時の住僧を論難し改宗して法華経受持の寺院となりました。
日達聖人は有力な外護者の援助を得て、衰微していたこのお寺を忽ちにして七堂伽藍完備の立派な寺院となし、山号寺号を大乗山薬王寺と改称しました。
寛永年間、非業の最期を遂げた駿河大納言徳川忠長公の追善供養の為、奥方松孝院殿(織田信長の孫/信良の娘)は莫大な金子と広大な土地を寄進し、三千坪の境内に立派な諸堂を造営するも享保5年(1720)ことごとく焼失しています。徳川忠長公供養塔の存在により、徳川・蒲生家ゆかりの寺として寺紋に三葉葵が用いられていた為、一般住民の埋骨を許さない格式由緒ある寺でした。本堂裏には、松孝院殿と12歳で死去した娘の梅嶺院の宝篋印塔があります。

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薬王寺を過ぎると、亀ヶ谷坂切通しです。現在の鎌倉市扇ガ谷から山ノ内を結ぶ坂道です。「亀も登れないほどの急坂」ということで亀ヶ谷坂という名がついた切通しと言われています。今も急坂ですが、昔はもっと急だったとのことです。新田義貞が鎌倉に討ち入った際は、激戦地のひとつとなりました。

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亀ヶ谷坂切通しを越えて行くと鎌倉街道にぶつかります。左側には「長寿寺」があります。ここで、右折して「建長寺」の前を通り、巨福呂坂洞門を潜ります。現在では、この洞門ができ「巨福呂坂切通し」は損なわれて、痕跡を残すのみとなっています。その痕跡を訪ねて、鶴岡八幡宮の横の県立近代美術館を通り過ぎて、右の道を入って行きます。

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進むと、正面に「巨福呂坂送水管路ずい道」の出口があり、その右の急坂を上って行きます。

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右の坂道を上って行くと、左側に「青梅聖天社」の急な階段があります。聖天とは正しくは歓喜天といい、インドに由来する神様です。病気になった将軍が季節はずれの「青梅を食べたい」というので、家臣が社で祈願すると梅の木に実がついた。それを食べた将軍は快癒し、以来、青梅聖天と呼ばれるようなったといわれています。歓喜天は、男神と女神が「相抱き正立」し、顔を見つめあう姿をされていることから、一般的には夫婦和合のご利益があると信仰を集めています。ここの聖天社も峠を往来する人々の安全を願って祀られたという由来から、旅行安全の祈願に訪れる参拝者も多いとのことです。

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「青梅聖天社」を通り過ぎて進むと、左側に石碑群があり、これがかつての切通しの道であった唯一の名残と言えます。進むと、民家の先が私有地で進めなくなり、少し先で行き止まりのようです。

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これで、鎌倉七口と言われる全ての切通を訪れました。七口には入らないが「釈迦堂口切通し」も圧巻でした。


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