2010.11.11
トルコとエジプトの旅(8日目:11/5)・・・(旅行)
今日は、午前中にピラミッド、スフィンクスなどを見学し、午後はオプショナルツアーか自由行動で夜にはナイル川ディナークルーズです。
6時のモーニングコールの少し前に目を覚ましました。今日はこのホテルでもう一泊するので、荷物の整理をする必要がないので、余裕を感じます。昨日、直ぐに寝てしまったのでシャワーを浴びて、窓の外を眺めるとプールはハッキリ見えましたが、少し向こうのビルは霧に霞んでいました。乾燥しているカイロで霧は予想外ですが、後で聞くと、良くあることのようです。昼と夜の温度差が大きいせいでしょうね。
ホテル内に銀行の出張オフィスがあるのですが、昨日の夜は遅くて閉まっていたので手持ちドルをエジプトポンドに両替に行きました。ロビーはまだ、人はいません。
7時40分にバスで出発し、ピラミッドに向かいます。
8時にクフ王のピラミッドの入場券売り場に着き、現地ガイドが入場券を買いに行っているのを待っています。ようやく、入場券が配られ入って行きますが、ピラミッドは霧で霞んでいます。
クフ王のピラミッドに近づくと、大きくてカメラを向けても全体は入りません。高さ146m、一辺の長さは233mのピラミッドです。正規な出入り口は、ピラミッド完成時に硬く閉じられているので、少し下に盗掘者(冒険家?)が開けた穴から入ります。
なお、下部の石一つの大きさは、高さ約2mで重さ約2.5トン。頂上部にいくと石は40cmほどに小さくなるとのことです。そして、使われている石の総数が約230万個です。
ピラミッド内部には、カメラの持ち込みは厳禁なので、添乗員が用意した大きな布袋に入れ、預けてから進んで行きます。厳粛な場所として、撮影を許さないためと解釈していたのですが、後で調べたら、入場者が増えて撮影を許すとより混み合うからのようです。
かなり厳格で、私の後ろに一眼レフを持って並んでいるフランス人がいたので、カメラ持ち込みは禁止ですよと教えてあげたのですが、何とかなるだろう的な雰囲気で入り口まで来ましたが、追い返されていました。長く行列を待って入り口にたどり着いたのに、入れて貰えません。
中は幅が狭く、途中までは高さも低くて相当低く腰を屈めで進みます。その後は大回廊に出て天井は高くなりますが、手すりがないと上れないほど急な上りで、幅は降りてくる人と辛うじてすれ違える程度で、しかも長い距離です。湿度も外よりは高く、入った人は皆汗ビッショリになります。女王の間に入る手前から、また腰を屈めて進みますが、ここまで来ると、最後の力を振り絞って山頂を目指している登山者の気分です。ようやく女王の間と呼ばれる玄室に達すると、30畳ほどの広さで、蓋のない石棺がある他は何もありません。この石棺に入って写真を撮る不届き者がいるそうですが、後でファラオの呪いを受けるに違いありません。
日本に帰ってからも膝の筋肉痛で階段を下りるのに悩まされるピラミッドの内部見学から無事帰還して、預けておいたカメラを受け取り、写真を撮りまくります。それにしても、物売りのうるさいこと。
そして、バスに乗って3つのピラミッドが並んで見える地点に移動です。ここで、また写真を撮りラクダに乗ったりします。
カフラ王のピラミッド、メンカウラ王のピラミッド前にも行ってみます。だいぶ霧が晴れてきて、写真を撮るのが楽になりました。
次にスフインクスを見に行きます。スフィンクスは、近づけば見えてきますが、クフ王のピラミッドの入場券にはスフィンクスの入場料も含まれているので、より良く見られる場所に入れます。
特に、スフィンクスを横から見られる絶好の場所なので、ここでカメラで遠近差を利用して、スフィンクスの頭を撫でたり、キスをしている写真を撮ったりできます。
その様な変わったポーズの写真を撮ってあげようと寄って来る子供も多く、次々にポーズをとらせて写真を撮り、チップを要求して来ます。同じグループで5ドル払った若い女性もいました。とにかく、小学生の年齢でも働いてお金を稼がざるを得ない国なのです。トルコも貧しく大人は懸命に働いていますが、子供が働いている姿はありません。
スフィンクスは、胴が異様に長いのは途中の岩が軟らかく、下手に終えると崩れる恐れがあったためではと考えられているそうですが、お尻の方に進んで見ますと、ちゃんと尻尾が丸まってお尻を包んでいるのが見えます。なかなか芸が細かいですね。なお、スフィンクスの鼻が欠けているのは、自然崩壊が研究者の見方で、ナポレオンの軍隊が射撃の的にしたためでは無いとのことです。
スフィンクスを見たからではないですが、SPHINXと言う名のパピルスに印刷した絵を売るお店に行きました。最初にパピルス紙の作り方を解説(実演)をしてくれました。パピルスの外側の緑の皮を取り、中の白い部分を薄く剥ぎ、水にさらした後に、篭を編むように立て横に編んで強い圧力を掛けて数日置けば出来上がりとのことです。確かに古代でも簡単に行える方法だったのですね。トルコでは、このパピルスの紙をエジプトはなかなか譲ってくれないので、羊皮紙を生み出し、革をなめす技術を確立して現在に至るまで革製品を得意としています。
家内は、安いものでよいからエジプトではパピルスが欲しいと言っていて、1枚買いました。
パピルスのお店を出ると、レストランに行って昼食です。
昼食の後は、ホテルに戻り、午後は、メンフィス・サッカーラ・ダハシュールへオプショナルツアーに出かける人達と自由行動を選ぶ人達に分かれます。
自由行動派の中でもカイロ市街に出かける人と、ホテルのプールサイドでのんびりという人に分かれます。家内は、かなり疲労が溜まってきたと、部屋で昼寝を希望です。
大雑把に言うと、若い人たちは市街に出かけて買い物、熟年夫婦はオプショナルツアーが多く、3組6人だけがホテルでのんびりでした。
夕方になって、自由行動派もオプションツアーの人達もホテルに帰ってきて、揃って夜のナイル川ディナークルーズに出かけます。家内も昼寝のおかげで元気を取り戻しました。
少し時間に余裕があると見えて、途中で香水のお店に寄りました。ここでも達者な日本語で、香水について講釈してくれます。最近は日本女性は、香水を使う人はあまりいないと思うのですが、香水容れのガラス容器は綺麗なので何人かは買っていたようです。しかし、若い女性達は、昼間の自由行動でカイロ市街に出かけ、香水用ガラス容器を買い込んでおり、ここの1個の値段で5個買えたなどささやいているのが聞こえました。
皆が香水のお店で時間を過ごす間、バスの運転手はお店の前に置かれた水パイプをふかしていました。お店がサービスとして誰でも吸えるように置いてあるのでしょうか。私は4年前に禁煙しましたが、そうでなければチョット吸わせて欲しい気持ちになったと思います。
ナイル川の河畔に着きました。相当に大きな船で2フロアーあり、300人ぐらい乗れそうな感じです。7時30分から乗り込み、8時に出港で、まずディナーです。バイキングスタイルで、高級料理ではありませんが種類も多く、今回の旅行で一番美味しかったです。
フロアーの周りは、支柱以外は全てガラス張りなので、川岸の光が良く見えます。一通り、食事が終えた頃を見計らって、男性歌手と女性歌手が2人で交互に歌い始めます。男性歌手は60年から70年に掛けてのスタンダードナンバーで、女性はアラブ圏のポピュラーソングのような感じでした。
2階に後方のデッキにでると、酔いを醒ましている人たちが夜風に吹かれています。流れ行く景色を見ながら心地よい涼しさでした。
そして、席に戻ると、今日のメインイベントのベリーダンスが始まりました。トルコのパムッカレのホテルのバーのダンサーより、歳は取っていますが技量はだいぶ上です。
客も盛り上がってきます。踊りながら客の席のを回り、それをカメラマンがどんどん撮影しています。後で売りつけるためですが、会場全体が盛り上がってきます。
終に、客を数人づつ引っ張り出して、一緒に踊ります。ここで、パムッカレでも見事な踊りを見せた我々のグループの女性客の一人が引っ張り出されました。他の客もビックリの上手さです。ここのダンサーよりうまい踊りを披露します。プロのダンサーもちょっと焦ったと思います。恐らく、衣装も調えていたら、プロのダンサーも真っ青でしょう。
後で聞いたら、ベリーダンスを人に教えているとのことでした。
ベリーダンスのダンサーが引っ込むと、男性の踊り手が大きなスカートのようなものを身につけて現れ、ぐるぐると回り続ける踊りを披露します。タンヌーラダンスと言うのだそうです。
永遠に回り続けるのかと思ったほどでしたが、スカートを2枚とも外し、自分は回らず頭の上スカートを回し始めると、客席を回り始めます。これでまた写真を撮って売りつける機会が生まれるのでした。
次に2人の男性の棒を使った踊りだと思っていたら、ベリーダンスのダンサーの女性が衣装を変えて加わり3人の踊りになりました。
しかし、だんだん踊りが激しくなり、客もどんどん呼び込まれてベリーダンサーを囲んで、全員興奮状態で踊り狂うことになりました。客をのせるのも上手いのですね。
そして、皆大いに満足して帰路に着いたのですが、帰りのバスで、エジプト人の現地ガイドが、今日はビックリしましたと話し始めました。ベリーダンスでプロのダンサーより上手い人がお客さんの中にいたのですから、と言っていました。