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2017.01.02

咲希の正月・・・()


5ヶ月を過ぎて、二番目の孫の初めてのお正月です。今年は、次男一家に加えて、長男も来てくれて、久々に皆が揃って7人での正月を迎えることができました。



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2016.12.24

クリスマス・イブ・・・()


mochi2016_12.jpg今日は、クリスマス・イブです。サンタクロースがプレゼントを配り、子供達が明朝枕元で見つけて歓喜の声を上げるのですが、我が孫の家では、1日早くサンタクロースが来たようです。それにしても、電子レンジや、IHコンロ、シンクまで付いた玩具は、大きくてサンタさんも運ぶのが大変だったことでしょう。

孫は、朝から料理を一生懸命作っているとのこと。


2016.12.11

餅つき大会・・・()

12月11日の日曜日に、自治会主催で餅つき大会を行いました。
そこで、息子夫婦一家が、夫婦と孫2人を連れてやってきました。孫の上は男の子で2歳と9ヶ月ですが、下は女の子でまだ、4ヶ月半です。でも1歳までの成長は目を瞠るものがあり、一月ごとに明らかな成長がハッキリと見られ、嬉しい限りです。

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2016.12.04

熊野本宮大社・・・(旅行)

那智の滝を後にして、熊野本宮大社までは、1時間半ほどかかりました。なにしろ、新宮から新宮川に添って山深くに入って行く必要があります。

新宮川に添って上って行くと、右方向に神が舞い降りたという旧社地の大斎原(おおゆのはら)に建つ大きな鳥居(高さ約34m、幅約42m)が見えてきます。近年はパワースポットとして多くの人が訪れているとのこと。ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座したのだそうです。
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ようやく、熊野本宮大社の駐車場に着き、急な階段を上って参拝します。
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全国にある熊野神社の元締めととしての神社としては、思ったより規模が小さい気がしますが、これは。元の大斎原(おおゆのはら)から遷座せざるを得なくなって、規模も縮小せざるを得なかったからであると思われます。
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最後の写真は、拝殿です。両側に、八咫烏が描かれた旗が建っています。八咫烏は、熊野三山(那智大社、熊野速玉大社、熊野本宮大社)でミサキ神(死霊が鎮められたもの。神使)とされて信仰されていて、熊野のシンボルともされています。
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もう時刻は午後4時を過ぎました。雨も降ってきて暗くなってきました。帰りは国道311号線で一気に上富田に向かいます。日も暮れて、夕食を取って帰りましたが、とても有意義な旅となりました。


橋杭岩と那智の滝・・・(旅行)

樫野崎から引き返し、大島と潮岬を結ぶ橋を戻って、国道42号線を2Kmほど東に進むと、橋杭岩がある。橋杭岩は、1500万年前の火成活動により、泥岩層の間に流紋岩が流入し、その後の侵食により、柔らかい泥岩部が速く侵食され、硬い石英斑岩が杭状に残されたものです。海岸から大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850mもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができます。
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ちょうどお昼時です。国道脇の食堂でマグロ丼とうどんを食べて昼食としました。なかなか美味しかったです。
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橋杭岩から那智の滝までは、一時間余りかかりました。駐車場に車を止め、飛瀧神社(ひろうじんじゃ)に進みます。自然石で作られた石段で、とてもあるき難く、特に下りの方が足を滑らすのではと緊張を強いられます。
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階段を降りきって那智の滝を眺めました。落差133mは日本一です。二番目は華厳の滝97mです。茨城県の袋田の滝と合わせ日本の三大名瀑と言われています。
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青岸渡寺の三重塔の向こうに那智の滝が見えるのも良いものです。
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滝を望みながら進むと大黒天への入り口が見え、青岸渡寺の鐘楼が建っていました。
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青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としないが伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされる。後に推古天皇の勅願寺となり、6世紀末 – 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。
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青岸渡寺と並んで熊野那智大社があるが、やはり創建の時期は判然としないが、青岸渡寺と同じく仁徳天皇の頃に鎮座したとも伝えられる。祭神は熊野夫須美大神である。
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